「マモ!」
「マモ!」
「あっ、ごめん…。ナツコ」
「もうボーッとしすぎよ。ほら次、体育だよ」
———
幼なじみのユウキが突然(ほんとに突然!)、私の前から消えて、3日が経った。
母親から理由は聞いた。
「ユウちゃんのおうち、突然、お父さんが転勤になったらしいのよぉ」
だからって…。
隣同士の家に生まれて、11年間、一緒にいたのよ。ひと言あってもいいじゃない!
怒りに任せて蹴ったボールは、「パース!」と叫ぶナツコを無視して、デタラメな方向に飛んでいった。
———
「無視すんなよ」
アイツは”サイン”を出していた。
ユウキが消える3日前。
晩ごはんを食べ終え、自分の部屋で勉強をしていたときのこと。
「コン、コン」と窓が鳴った。ユウキだ。
お互いの部屋は、外壁の間、約150センチをはさみ隣り合わせに位置する。
“お隣さん”が虫あみを逆さに持ち、私を呼び出すのだ。
私は苦手な地理との格闘中だった。
呼び出しを無視した。
「なぁ、マモ。オレが突然いなくなったらどうする?」
閉じた窓の外から、声は聞こえてきた。
私は、意味不明な質問を投げる隣人への対応をスルーして、直視せざるをえない明日の地理のテスト勉強(47都道府県をそらんじるのだ!)を優先した。
「無視すんなよ…。○☓※△」
何かをいい残し、ユウキは窓を締めた。
———
あっ!!
思い出した。
「もう、マモったら!」
またナツコが怒っている。
そうだ、体育!サッカーの試合中だった。
ボールが足元にあることすら気づかなかった。
あの夜、ユウキが伝えようとしたこと−。
「東公園のホライズンゴールな」。
たしか、そういった。
夕刻、担任が「さようなら」をいい終える前に、私は教室を飛び出した。
「ちょっとマモ!」
また、ナツコが叫んだ。
一目散に、東公園を目指した。
————
「ホライズンゴール」。
鉄棒のことだ。
英語を習い始めたアイツが、「鉄棒って、英語で『ホライズン・バー』っていうんだぜ。かっこいいだろ」と得意げに言い回ったことがある。
その鉄棒をサッカーゴールに見立て、みんながシュートを打つ。
だから「ホライズンゴール」、東公園に集まる子どもの中では、知られた話だ。
ここ(鉄棒)に何かある‐。
日中の太陽の熱がじんわりと残る鉄棒に触れて、アイツの言葉を思い出した。
「鉄棒っていいよな。一瞬、空を飛べる。さらにサッカーゴールにもなる、ハハ」
空を飛ぶがごとく、アイツは消えた。
この鉄棒で二人、何度遊んだことだろう。
こぼれた涙が、鉄の棒を半円伝い、地面にぽとり落ちた。
主を失った遊具が泣いているようにも見えた。
「何もないじゃない」
誰かが忘れたのだろう。
すべり台の下に、黄色いサッカーボールが転がっていた。
“ホライズンゴール”に向かって、思い切り、蹴った。
ボールはバーを直撃し、カンという音を立てた。
(あっ!!)
同じ事があった。
もう3年も前のこと、小学2年生のときだ。
ユウキがホライズンゴール(当時その名称はない)に向かって、シュート練習をしていた。
私は、その姿を、ブランコに揺られながら眺めていた。
同じようにバーにあたり、草木が高く茂る場所にボールが消えたことがある。
「マモ、一緒に探してくれよ!」
自分たちの胸元ほどもある草をかき分け、ふたりで消えたボールの行方を追った。
突然、開けた場所に出た。
そこは緑のカベに囲まれた、異空間だった。
ふたり、目を見開いた。口を合わせた。
「ひみつきち!!」
しゃがみ込み、”外界”から遮断された私たちは、くすくすと笑い合いながら『ゆうきとまものきち』と名付けた。
———
今は、ひとり。
低くなった(と感じる)草木をかき分け、『ゆうきとまものきち』へ進んだ。
ここに来ること自体、久しぶりのことだった。ふたりとも身体が大きくなり、その空間が「秘密」にならなかったためだ。
3年前、ふたり、しゃがみ込んだ場所に来た。
何かを埋めた跡が、ある。
必死に掘った。
爪が黒くなっても、気持ち悪い虫が出てきても、アイツの影を懸命に求めた。
半分に折られた手紙が、あった。
土を払うと、何度となく見てきた汚い字が、あった。
「マモへ‐
この手紙をマモが見ているってことは、オレはもうココにいないってことだな。ごめんなさい…。何もいわずに消えることを許してほしい。いつか必ず、またマモの前に現れる。6歳の頃、誓ったことは忘れていない。ずっとまもる。ユウキ100倍。約束は守るよ」
バカ!
守れてないじゃない!
こんなに私、今、寂しくて、たまらないんだよ。
ん?
手紙の裏、何かを消した跡がある。
西日にかざすと、文字が浮かび上がった。
「北海道」と、あった。
北海道…。
淡い期待は、この瞬間、消えた。
まだ近くにいるかも−、と追いかけた影は、果てしなく遠い場所に、あった。
地理の勉強は役立った。
だが同時に、私を絶望させた。
あの極端にデカいひし形の地に、「ユウちゃん!ユウちゃん!」と迷子になり、泣いている自分を置いた。
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